何度訪れても、同じにはならない
京都・嵐山は人気の観光地で、私はこれまで数えきれないほど案内してきました。
同じ竹林を歩き、同じ渡月橋を渡る。コースだけを見れば、いつも同じツアーに見えるかもしれません。
けれど実際には、まったく同じツアーになったことは一度もありません。
そのことに気づかせてくれたのは、三つの理由でした。
ゲストの個性が、行き先を変える
嵐山を訪れる方のほとんどが、まず竹林を見たいと言われます。ですから、嵐山にお越しいただいたときに、竹林を外すことはありません。竹林を基準にしながら、そこから先はゲストと一緒にツアーを創り上げていきます。
お子様連れのご家族なら、モンキーパークへ。人混みを避けたい方には、愛宕念仏寺から鳥居本まで、静かな道を歩いていただきます。屋形船に乗りたい方もいれば、庭園でゆっくり過ごしたい方もいる。同じ嵐山でも、ゲストによって行き先も過ごし方もまるで違うのです。
休憩する場所が変われば、そこで交わす会話も変わります。まず、お客様がどんな飲み物を選ばれるかで、話のきっかけが変わってくるのです。抹茶ラテを選ばれる方もいれば、海外の有名店ではなく日本の珈琲を飲みたいと言われる方、ゆずのドリンクを好まれる方もいます。
会話は、必ずしも和文化に寄せる必要はありません。お店に流れる音楽がジャニスで、思わず一緒に口ずさんだこともありますし、お店の方が趣味で集められた人形が飾られていて、それが話題になったこともあります。そのお店の個性とゲストの会話をつなげていくのも、ガイドの役目だと感じています。
同じことを話している日は、一日としてありません。
ガイド自身の知識が、語れることを変える
同じ場所を案内し続けているだけでは、ガイドとして成長しないと感じることがあります。
私自身、嵐山以外の場所を案内した経験が、後から嵐山を語る言葉を変えてくれました。
たとえば、京都御所の裏にある歴史です。平安時代、庶民は自分のお墓を持つことができませんでした。当時、遺体を弔った三大葬送地と呼ばれる場所があります。化野(あだしの、嵐山の北西)、鳥辺野(とりべの、清水から大谷本廟にかけて)、蓮台野(れんだいの、北部・船岡山の西側)です。
なかでも鳥辺野は、裕福な人々が風葬にされた場所でした。その入り口にあたるのが六道の辻。この辻から北が現世、南があの世とされていたそうです。
華やかに見える京都にも、光と影があります。そのことを実感したのは、六道の辻を案内したことがあったからでした。
にぎやかな嵐山のすぐそばにも、化野という同じような場所があります。この知識があるからこそ、賑わいの裏にある静けさを、ゲストの心情に触れる形でお伝えできるのだと思います。
知識が広がるほど、同じ場所でも語れる話は変わっていきます。
季節という舞台が、景色を変える
紅葉、桜、新緑、雪景色。
嵐山には、四季それぞれの表情があります。同じコースを歩いても、季節が変われば、まったく違う舞台の上を歩いているような感覚になります。
ゲストの個性と私自身の知識を重ね合わせながら、移ろう四季の中で、ひとつの舞台をゲストとともに創り上げていく。だからこそ、同じ観光地でも、同じツアーは一つとして生まれないのだと思います。
だからこそ、一期一会のツアーになる
コースが同じでも、ツアーが同じになることはありません。
ゲストが違えば、見る景色も、交わす会話も変わります。ガイドである私自身も、案内を重ねるたびに知ることが増え、語れることが変わっていきます。そして季節は、いつも静かに舞台を変え続けています。
だからこそ、私は同じ場所を何度案内しても、飽きることがありません。むしろ、次はどんなツアーになるのだろうと、楽しみにしている自分がいます。
一つとして同じツアーがない。それは、旅行者にとっても、ガイドである私にとっても、かけがえのない時間だと思っています。