宮島を訪れると、まず目を引くのは海に立つ厳島神社の大鳥居ではないでしょうか。潮の満ち引きによって景色が変わり、海上に建つ社殿とともに、宮島を象徴する風景になっています。
外国人旅行者をご案内していると、こうした日本人には見慣れた風景から、思いがけない質問を受けることがあります。
「なぜ、海の中に柱が立っているのですか?」
言われてみれば、不思議です。私たちは厳島神社といえば「海に浮かぶ神社」と知っているので、そのまま一つの風景として見ています。しかし、初めて宮島を訪れた旅行者にとっては、「なぜ、わざわざ海の上なのか」という疑問から始まります。
私は、こうしたお客様の「なぜ?」を大切にしています。そこから歴史や文化をたどっていくと、目の前の景色が少し違って見えてくるからです。
「なぜ海なのか」から歴史をつないでいく|目の前の景色と平清盛の時代を結ぶ
宮島をご案内するとき、歴史上の人物や年代を順番に説明するだけでは、旅行者にとって情報が多くなってしまいます。
そこで私は、まず目の前にあるものから話を始めるようにしています。なぜ海の上に社殿があるのか。そこから、宮島そのものが神聖な場所として大切にされてきたことや、平清盛の時代へと話をつないでいきます。
平清盛は厳島神社を厚く信仰し、現在につながる海上社殿を造営しました。また、清盛を考えるうえでは、瀬戸内海の海上交通との関わりも欠かせません。
「海の中に柱が立っている」という旅行者の目の前の疑問から、信仰、歴史、そして海へと話を広げていく。そうすると歴史上の出来事が、教科書の中の知識ではなく、今、自分が見ている宮島の風景とつながってきます。
旅行者は歴史の授業を受けに来ているわけではない|どこまで説明するかもガイドの仕事
宮島には伝えたい歴史がたくさんあります。厳島神社の成り立ち、平清盛、島への信仰、大鳥居や社殿の構造など、説明しようと思えばいくらでもできます。
けれども、旅行者は歴史の授業を受けるために宮島へ来ているわけではありません。実際のガイドでは、お客様がどこに目を向けているのか、どんなことを不思議に思っているのかを見ながら、説明する内容や深さを変えていきます。
建築に興味を持つ方であれば、海上に建つ社殿がどのように支えられているのかという話から入ることができます。歴史に関心のある方なら、そこから平清盛の時代へ話を広げることもできます。
大切なのは、私が知っていることをすべて説明することではなく、目の前のお客様が宮島を楽しむために、どの話を選ぶかです。その選択によって、同じ宮島をご案内してもツアーの内容は少しずつ変わります。
海とともにある宮島を体感する|潮の満ち引きも旅の一部
宮島の面白さの一つは、訪れる時間によって景色が変わることです。
潮が満ちているときには、社殿や大鳥居が海に浮かんでいるように見えます。一方、潮が引けば、海だった場所に歩いて近づけることもあります。どちらが「正解」ということではありません。
その日に見られる宮島を楽しみながら、「さっきまで海だった場所が、こんなふうに変わるのですね」と景色の変化そのものを体験していただく。それも宮島らしい時間だと思います。
ガイドとしては、知識を伝えるだけでなく、その日の潮や天候、人の多さ、お客様の歩くペースなどを見ながら、そのときに楽しめる宮島をご案内していきます。
「なぜ?」が旅を深くする|ガイドが答えを教えるだけではなく、一緒に景色を見る
外国人旅行者をご案内していて面白いのは、私自身が何度も訪れている場所でも、お客様の質問によって新しい見方に気づかされることです。
「なぜ、海の中に柱が立っているのですか?」
その一言から、目の前の大鳥居を見るだけだった時間が、「なぜこの場所に、この神社があるのか」を考える時間に変わります。
私は、ガイドの仕事は名所についてたくさん説明することだけではないと思っています。お客様が何に興味を持っているのかを見つけ、その興味と、その土地の歴史や文化をつないでいく。そうすることで、「厳島神社を見た」という記憶だけではなく、「なぜここにあるのかを知って、宮島の見え方が変わった」という旅になればと思っています。
日本各地をご案内する中で大切にしていること
私は奈良・飛鳥藤原を拠点としていますが、外国人旅行者の旅は一つの地域だけで完結するとは限りません。京都、大阪、神戸・姫路、高野山、広島・宮島など、その旅程に合わせて各地をご案内しています。
場所が変われば、歴史も文化も、旅行者が興味を持つポイントも変わります。だからこそ、どの場所でも同じ説明をするのではなく、目の前のお客様が何を見て、何を不思議に思っているのかを大切にしたいと考えています。
宮島で「なぜ海の中に柱が立っているの?」という問いから旅が深まったように、一つの素朴な疑問が、その土地を知る入口になることがあります。その入口を見つけ、土地の歴史や文化と旅行者をつないでいく。それが、私が日本各地をご案内するときに大切にしていることです。