三重県鳥羽市の南、太平洋に突き出た小さな漁村に、いまも100人ほどの現役海女さんが暮らしています。海女さんと聞くと昔話のようですが、現代にも海女さんの文化は引き継がれています。三重県鳥羽市相差(おうさつ)町は現役海女さんの数が日本で一番多い町。今朝も誰かが海に潜り、夕方には浜で貝を選り分けている。相差(おうさつ)はそういう町です。
なぜこの小さな町に、これほど多くの海女さんが残っているのでしょう。その答えは、資料館の展示だけでは分かりません。神社に手を合わせる海女さんの背中、かまどで語られる暮らしの言葉。歩いてみて、話を聞いて初めて、海と共に生きるとはどういうことか、少しずつ輪郭が見えてきます。
小さな町ですが、海外の方にも密かな人気スポットです。東京や京都といった観光地から少し違った日本の姿を見たいと思う外国人の方が来られています。
相差海女文化資料館|海女の暮らしを知る入り口
相差海女文化資料館は、海女さんのことを学ぶのに一番の場所です。館内には潜水の道具や漁の様子を再現したジオラマが並び、酸素ボンベを使わず素潜りだけで漁をする、その働き方の全体像がつかめます。
海外からのお客様にこの話をすると、たいてい驚かれます。タンクなしで水深数メートルまで潜り、貝や海藻を採って浮上する。ダイビングよりも過酷に映るようですが、相差の海女さんにとってはごく日常の仕事なのです。
海女さんは素潜りで貝や海藻を採り、感謝して持ち帰ります。けれど、獲れるだけ獲るわけではありません。三重県の漁業調整規則では10.6センチ以下のアワビは採ってはいけないと定められていて、海女さんは「スンボウ」という物差しを常に携えて大きさを確かめます。また、産卵期にあたる9月15日から12月31日は、漁自体がお休みです。
なぜここまで細かくルールを守るのでしょう。答えは単純で、来年もまた海が実ってほしいからです。息が続く限りしか深追いしない、獲れた貝には手を合わせてから箸をつける。相差では、海の恵みを受け取り、獲りすぎず、感謝し、次の世代へ渡していく。そんな循環が何百年も続いてきました。
海女文化の歴史と海のルール|千年を超えて受け継がれてきた知恵

海女文化は今から2000年ほど前から受け継がれてきたと言われています。遺跡や歴史書には海女の存在を示す記録がいくつも残っており、さらに古い遺跡をたどっていくと、1万年前にはすでに海女がいたのではないかとも言われるほどです。伊勢志摩の海は黒潮の影響を受け、海産資源が育ちやすい豊かな漁場として知られています。中でも海藻は特に豊富で、海女漁を古くから支えてきました。
海産資源にとって海藻は欠かせない存在ですが、近年は海藻が育ちにくい環境が広がっています。そのため海女漁は1日2回、1回90分程度と時間が細かく決められており、乱獲から海を守る仕組みになっています。市場に出す貝の大きさにも基準が設けられており、こうしたルールを守ることで、海女さんたちは自然との調和を保ってきました。
神明神社・石神さん|女性の願いをひとつだけ叶える神様

資料館から歩いて10分ほど、参道の途中に小さな社があります。これが「石神さん」の愛称で知られる神明神社の摂社です。
祀られているのは玉依姫命(たまよりひめのみこと)。神武天皇の母とされ、海神の娘という言い伝えを持つ神様です。海と縁の深いこの神様を、海女さんたちは古くから大漁と海の安全を願って拝んできました。
「女性の願いなら、必ずひとつは叶えてくれる」と伝えられているのが、この神社が全国から女性の参拝客を集める理由の一つ。毎月7日には特別な祈祷も行われています。
なぜ、女性だけ?と思われるかもしれません。ここは海女文化と深いつながりがあります。戦前、この周辺に住んでいた女性のほとんどが海女でした。そのため、この信仰が次第に広がり、すべての女性のための信仰へと発展していったと言われています。
海女小屋 相差かまど 前の浜|海女さんの火を囲んでとれたてを味わう
昼はいよいよ海女小屋での食事です。実際に漁をしている海女さんが、囲炉裏の炭火で貝や魚介を焼いてもてなす体験型のランチで、ミシュラン・グリーンガイドにも紹介されています。
魚介を焼くだけでなく、海女さんの生の話を聞けるのがこの場所の価値です。かまど、というのは海女さんが暖をとる場所。ここでは仕事仲間が雑談をするコミュニティとしての役割があります。今日はどんな漁だったか、海の中はどう見えるか。厳しい環境の中で働く者同士だからこそ通じ合う、海女さんたちにとって大切な心のよりどころです。
海女さんとの出会い|それぞれの理由で選ぶ「海女という生き方」

かまどでの昼食では、実際に漁をされている海女さんたちから直接お話を伺うことができました。皆さん気さくな方ばかりで、お話ししているとこちらまで元気をもらえます。
海女になった経緯も人それぞれです。嫁いでから海女漁を始めた方、母親が海女をしていたことがきっかけになった方、女性でも自分の仕事を持てるからと選んだ方。理由は一つではありません。
近年は漁業環境が厳しくなり、以前ほど獲れなくなったこともあって、他の仕事と両立する海女さんが増えています。かつては農作業と兼業する方が多かったそうですが、今では旅館を営んだり、地元の商店を切り盛りしたり、理解のある会社に勤めながら海に出る方もいます。
それでも皆さん、海の仕事に誇りを持っています。体力が維持できること、自然とともに生きている実感があること。ガイドという仕事も、屋外で自然の中に身を置き、一人で担う部分が多い仕事です。話をしていて、思いがけず共通点を感じました。
海女小屋に集まると、まず出てくるのは家族の話。悩みごとも自然と分かち合える強い絆があります。こうしたコミュニティこそが、海女さんたちの強さを支えている秘訣なのかもしれません。
まとめ
本日は三重県鳥羽市相差町をご案内しました。海の恵みを受け取り、獲りすぎず、感謝し、次の世代へ渡していく。その循環は、スンボウで貝の大きさを測る手つきにも、石神さんに手を合わせる背中にも、静かに息づいていました。
きよらトラベルでは、奈良・飛鳥・藤原を拠点に、そこから足を延ばして訪れたい行き先のひとつとして相差をご提案しています。現役の海女さんの話を直接聞ける海女小屋体験や、石神さんでのお参りも含め、相差という町の奥行きを一日でじっくり感じていただけます。興味のある方は、お気軽にお問合せください。